今日は、子猫時代のほくとくんのお話。2017年8月に我が家へやってきたほくとくん。最近は、ブログを書くにあたって、昔の写真を見ながらいろいろなことを思い出している。我が家へ来た翌日の写真がこれ。

眠いんだにゃ。(子猫時代)

 初日とは打って変わって、あっとう言う間に打ち解けてしまったようにも感じる写真だ。そんなに気持ちよさそうに寝ていて大丈夫?と聞きたくなるくらい、全身を委ねている。ほくとくんはこの通り、子猫時代から人と触れ合っていたので(ある人の庭で生まれ、そのまま保護されたほくとくん。生まれてすぐ人に愛されて育った)、我が家に来た頃には、人懐っこい子猫だった。ちょうど夏真っ盛りの時期だったので、僕が、エアコンの効いた部屋でソファーで寝っ転がっていると、僕の足のところにやって来て、上に乗って来て寝ていた姿を思い出す。子猫の重み。それは小さな命の重みそのものだ。命というとなにやら重々しい印象を受ける言葉だが、僕の足の上に乗っている小さな命は、ぽかぽかあったかくて、ほっと安心するような重さを持っている。命って、こんなにあたたかなものだったのかと気付かされた。

寝ているところにタオルをかけてみたりした。(子猫時代)

 ほくとくんを家に迎えるまでは、どんなふうに関わろうかな、とか、どんな生活になっていくのかな、とか、トイレを毎日掃除するのか?とか、いろいろな不安があったことを思い出す。でもそんな不安をすっかり忘れてしまうほど、小さなほくとくんは、僕を優しく迎えてくれた。やや猫に距離を感じていた僕が、わずか二日で猫好きになってしまった瞬間でもあった。猫の可愛さはこういうところにある。こちら側を全く否定しない。否定しないどころか、こちらが驚くほど、信頼を寄せ、身を委ねてくれる。ただただ、お腹の上があたたかくて寝心地が良いのかもしれないけれど、それでも、そこで寝るにはそれなりの信頼がなければ無理だろう。猫は自由気ままに生きる生き物だと考えていた。猫と暮らしても、こちら側にはあまり興味を持たずにふらふら生きているのが猫だと考えていた。でも、ほくとくんと一緒に暮らしてみて、それは全くの思い違いだったことに気づいた。ほくとくんが極度の甘えん坊なのかもしれないけれど。
 ほくとくんは、今でも僕の足やお腹にやって来ては、まるであの時の子猫のほくとくんのように、全身を僕に委ねて眠っている。昔よりもずっと重くなったその体に、あの日以上にあたたかな命の重みを感じる今日この頃だ。小さな命が今日も、我が家の中を駆け回っている。これからも元気でいてね、ほくとくん。

お股で寝るのが好きなのかな?(子猫時代)

投稿者

pokilog

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